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 そして明朝。
 水平線に太陽が姿を現し始めた頃、クランベイルの港には三隻の船が並んでいた。アルタリス号と海軍の船二隻だ。
「エドワード率いる第一船が先行します。最後尾はわたくしたちの船が。アルタリス号はその間に加わりなさい」
 シャナイアは昨日と一風変わって軍服を身に纏い帯剣した、凛々しい姿を見せていた。
「総提督さま自らご出陣とは。勇ましいこって」
 ギルダーが皮肉を述べる。シャナイアも負けずに言い返した。
「あいにく、わたくしは椅子に座しているだけの飾り物ではありませんの」
 潮風にシャナイアの黒髪が靡いていた。


× × ×
「――とか言いやがったが、実際は動かざるをえない状況ってわけだろ」  アルミダに向かう船の上で、ギルダーは吐き捨てるように言った。その視線の先にはシャナイアの船が、フリゲート船が見える。今頃シャナイアは船上で指揮を執っているのだろうか、それとも艦長室でふんぞり返っているのだろうか。どちらにせよ、いくら皮肉を言ったところで聞こえはしない。 「四家は評議会の重鎮メンバーでもある。いくら王族といえども、評議会の意向を無視して施政はできねえ。つまり、四家は事実上、王家に次ぐ第二の権力者というわけだ。四家に借りを作っておいて、いざという時の持ち札にしておきたいってのが姫さんの腹なんだろうよ」 「ましてやシャナイア王女はわずか十五歳。評議会からしてみれば小娘にすぎない。王女が評議会のメンバーからどう見られているかなんて、簡単に想像がつくよ。何としてもカードを作っておきたいんだろうね」 「まさに今回の件は渡りに船ってわけか。しかし妙なことになったもんだ。目先には軍船、ケツにも軍船。奴ら、俺たちが妙な素振りを見せようものなら喉笛を噛み千切るつもりだぞ」 「ごめんなさい。私のせいで」 「そう思うのなら、さっさと記憶を取り戻して身の潔白を証明してくれ」  申し訳なさそうにするカティアに向かって、ギルダーは突き放すように言った。 「口ではつっけんどんに突き放しているけど、あれでも気にかけてるんだよ。でなければここまでしない。ギルダーって意外と面倒見がいいから」  シノはユーリとカティアにこっそりと耳打ちをした。ユーリはそれを嘘だとは思わなかった。なんとなくではあるが、ユーリは最近になって、ギルダーという人物についてわかってきたような気がする。  ギルダーは根が不器用なのだ。  乱暴なものの言い方をするし、横暴な性格だけど、実は誰よりも面倒見がいい。船員たちのことをいつも気にかけていた。その証拠に、船員たちは皆ギルダーのことを信頼している。海賊というのは厳しい実力主義の上に成り立っている。船長が無能だとわかれば容赦なく切り捨てる。それが海賊社会だ。あれだけ威張り散らしているギルダーがみんなに信頼されているのは、ギルダーが船員を大切にする船長だとみんなわかっているからだ。  仲間が困っていれば助ける。それがアルタリスの気風だ。何よりもギルダー自身がアルタリスの気風を体現していた。 「雲行きが怪しくなってきやがったな」  ギルダーが遠くの空を眺めながら言った。今まで雲一つなかった空は一転して、黒い雲があちらこちらで見えるようになっていた。一雨くるかもしれない。 「こんな中を航行するってのかよ」 「そうみたいだね」  前を行くエドワードの船で信号旗が掲げられていた。航行続行を意味する旗信号だ。海図どおりならばもう間もなくアルミダに着く頃だ。降られる前にアルミダまで行ってしまおうという魂胆なのだろう。  後ろの軍船にも連絡を送ろうとしたその時だった。  信じられないものが見えた。  船だ。  それも大きなガレオン船が、ゆらゆらと帆を揺らしながら自分たちの船へと近づいてきているではないか。 「馬鹿な……!」  船員たちの間でどよめきが起こる。誰もが有り得ないと思ったからだ。これだけ大きなガレオン船が走っていれば嫌でも目につく。それなのに誰も不審船の接近に気がつかなかったのだ。アルタリス号だけではなく、海軍の軍船二隻も。 「全員が昼間から寝ぼけてたってか? そんな馬鹿なことがあってたまるか! どこの船だ!」  バーミア海域を航行する船には船体の両側面にその船が所属する国の国章を刻むことが義務付けられていた。それを見てどこの船籍かを判断し、その船が海域侵犯を犯していないかを確かめるのだ。逆に言えば国章のない船は無法の船――つまり海賊船である。  望遠鏡を覗いて確かめる。船体には鷲と盾のリーレイアの国章が刻まれていた。 「待って。船体に船名が刻まれてる。あれは……そんな!」 「おい、どうした。もったいぶらずにとっとと言え」 「船名は……ジーク・ライデイン号」 「なんだって!」  これまた有り得ない話だった。ジーク・ライデイン号は今や海の下。そして自分たちはそのジーク・ライデイン号が沈んだ原因を調べに行こうとしているのだ。かの船が悠々と航海を続けているはずがなかった。 「まさか……幽霊船?」 「幽霊星アルタリスが幽霊船に出会うたぁ、笑えねえジョークだな」 「言ってる場合か。このままじゃぶつかるぞ」  横行するジーク・ライデイン号はアルタリス号との距離を徐々に縮めてきている。このままではぶつかってしまう。 「こんなくだらねえ航行に付き合う必要はねえ。とっとと舵を切れ!」  いつの間にかあたりには濃い霧が立ち込めていた。かろうじて海軍の船体が見える程度で、旗信号は全く見えない。だが、海軍たちも不審な船が近づいていることに気づいているはずだ。船が近づいてきている以上、軍船も回避するしかない。海軍の目を気にしている場合ではなかった。  だが。 「大変じゃ! 舵が利かん!」 「何っ!?」  操舵手のセドリックが叫ぶ。その声に操舵室を覗き込むと、驚くことに舵輪がまるで自分の意思を持っているかのようにカラカラと回っているのだ。三人がかりで押さえつけてみるが、操舵輪はびくともしなかった。 「駄目だ! 動かねぇ!」 「ぶつかるぞ!」 「全員、掴まれ!」  ジーク・ライデイン号が目の前まで迫る。船員たちは衝撃に備えて各々艤装に掴まった。  ユーリは目の前に迫る大型船を呆然と見上げた。  きぃきぃと船の軋む音が、まるで泣き声のように聞こえた。

[2014年 3月 11日] 初稿

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