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 ぎぃ、ぎぃ……
 索具の軋む音で目が覚める。潮風が開いたばかりの目に痛い。
 気がつけばの甲板で転がっていた。
 ギルダーは体を起こして辺りを見渡した。そこは今まで自分がいたアルタリス号ではなかった。アルタリス号はこれほど広くはないし、かといって二隻の軍船のどちらでもないようだ。マストの配置が違う。メインマストに張られた帆はところどころ破れが目立っていた。その帆に、かすかながら見覚えがある。
「まさか、ここはジーク・ライデイン号か?」
 ぶつかる直前に見えた船影と照らし合わせると、信じがたいが間違いなかった。
 甲板には大勢の人間がいた。アルタリスの船員もいれば、リーレイア海軍の海兵もいる。どうやら三隻の乗員がここに集結しているらしい。
 人ごみの中にシノとクレインの姿を見つけ、ギルダーは彼らに声をかけた。
「一体何がどうなっていやがる」
「さあ。僕たちも気がついたらこの状況だったから、何が何やら」
「幽霊船にぶつかったと思えばその船の上だもんな。ひょっとして俺たち、本物の幽霊になったんじゃね?」
「縁起でもねえことを言うな、馬鹿」
 まずは船員の無事を確認することが先決だ。ギルダーはアルタリスの船員に召集をかけることにした。人数を数えているうちに、ギルダーはふと嫌なことに気がついた。
 船員の数が足りないのだ。
 誰がいないのかなんてすぐにわかった。ユーリとカティアだ。
 ――まさかぶつかった衝撃で海へと放り出されたのか……!?
 その時、同じように集合をかけていた海軍兵たちの間から怒号が飛んだ。
「貴様らの謀りか、海賊どもめ!」
 見れば軍人たちはギルダーたちに敵意を向けていた。中には剣を抜こうとしている者までいる。今にも斬りかかってきそうなほどに気が立っていた。
 彼らが何故怒っているのか。ギルダーは辺りを見渡して「ああ」と納得した。
 シャナイアの姿がどこにも見当たらないのだ。カルスト兄弟もいない。指揮官が不在で、なおかつ海軍の象徴ともいえる王女の姿が見当たらないことが海兵たちの不安を一層煽り立てたに違いない。その矛先がアルタリスへと向けられたのだ。
「王女をいずこへやった!」
「変な言いがかりをつけてんじゃねえよ、この犬っころ野郎どもが」
「いぬっ……!?」
「こっちだって仲間が足りねえんだよ。気がついたら幽霊船の上で何がどうなったかよくわかんねえし。こっちも同じだっつーのに、王女がいなくなった途端にきゃんきゃんと吠えてきやがって! そんなに王女さまが大事なら箱にでもしまっときやがれってんだ!」
「ギルダー、ギルダー」
「どうどう」
 今にも殴りかかりそうなほど興奮気味なギルダーをシノとクレインが両脇から止める。
「ユーリんの姿が見えなくてイライラしてんのはわかるけどよ。兵隊さんに当たんなよ」
「それに、喧嘩している場合じゃないみたいだしね」
「ああ、そうだな……」
 ギルダーは頷くと同時に短剣を取り出し、振り向きざまに投げつけた。
 ギルダーが投げた短剣は男の額に見事命中した。だがその男はアルタリスの船員でも海兵でもなかった。突如現れた不審な男に海兵たちの間でどよめきが走った。いや、海兵たちが驚いたのはとっさのことにも関わらずギルダーが的確に短剣を急所に命中させたからなのかもしれない。人間離れした技術に誰もが息を飲んだ。
 だが、驚いてばかりはいられない。船のあちらこちらから武装した集団が現れたのだ。どうにも好意的には見えなかった。
「どうやら黒幕のご登場みたいだぜ、海兵さんたちよぉ」
「奴らは一体……?」
「さあな。幽霊船だからさしずめ幽霊ってところじゃねえか」
 普段は幽霊なんて信じないギルダーだが、この時ばかりは幽霊の存在を信じたくもなった。何せ、先ほど短剣を額に突き立てた男が何事もなかったかのように起き上がっているからだ。血は一滴も流れていなかった。
「どうやら本物の幽霊みたいだね」
「ちっ、既に死んでいるからこれ以上死にようがねえってか。ならば手足をぶった斬れ。手足をもがれちゃあいくら幽霊といえども動けねえだろ」
「イエッサー!」
 ギルダーの指示でアルタリスの船員たちは各々の得物を構えて応戦する。海兵たちも状況を判断したのだろう、応戦のため剣を抜いた。
 甲板は生者と死者でごった返していた。
「こんなのがうじゃうじゃいるんじゃあ、ユーリたちの身が危ないんじゃねえか?」
「わかってる!」
 クレインの問いかけにギルダーは叫ぶように答えた。
 ユーリはまだ十四歳の子どもであり、なおかつ戦う術を持っていない。記憶喪失のカティアとてそれは同じだ。亡霊たちに襲われたらひとたまりもないだろう。
「船長! ここは俺らが引き受けるんで、船長はいなくなった奴らを探してくだせぇ!」
「わかった。あとは任せたぞ。シノ、クレイン、ついて来い!」
「了解!」
「りょーかい!」
 甲板に姿がないということは、海に放り出されていない限りいるのは船内となる。ギルダーは亡霊たちを蹴散らしながら船内へと続く階段を下りた。
 と、その時。人の気配を感じたギルダーはとっさに短剣を両手に握りしめた。
 キンッ!
 金属同士がぶつかる音が高らかに響く。
「誰だ!」
「その声は、ギルダーか」
「なんだ、ちぐはぐ兄弟か」
「その呼び方はやめてください」
 階段を下りた先にいたのはエドワードとオスカーだった。二人は相手がギルダーだったとわかると剣を鞘へと納めた。
「一体何がどうなっているんだ? 気がつけば見知らぬ船内だし、妙な連中が襲ってくるし」
「どうやらここはジーク・ライデイン号らしい。襲いかかってきたのはジーク・ライデイン号の船員たちだろう。いくら斬りつけたところで死なねえからさながら亡霊といったところか」
「殿下を見ていませんか?」
「海軍の奴らなら上にいるが、そこに姫さんの姿はなかった。うちも船員が数名行方不明なんだ」
 ギルダーの言葉を聞いたエドワードとオスカーは参ったと言わんばかりに額に手を当てた。性格は正反対だというのに、こういった仕草は全く同じだ。まるで鏡でも見ているかのようだった。
「なんということだ」
「もしや殿下は今おひとりでおられるのでは……」
「大丈夫だろ。あのしっかりした姫さんなら」
 総提督として船に乗る以上、いくら王女といえども武術の訓練をおこなっているはずだ。少なくとも非戦闘員であるユーリやカティアに比べたら安心できるとギルダーは思った。
 だが、エドワードとオスカーは口を揃えて言った。
「心配だ」
「心配です」






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