[2014年 2月 4日] 初稿 [2015年 1月 8日] 誤字修正
徐々にオレンヌの島影が遠くなっていく。姿の見えなくなるオレンヌ島をギルダーは甲板でじっと眺めていた。まるで離れるのが名残惜しいかのように。 「ギルダー、よかったのかい?」 シノが尋ねる。 「ユーリをオレンヌで下ろしたこと、後悔していないか?」 「ああ。後悔なんかねえ。はじめからオレンヌであいつを下ろすつもりだったからな」 ギルダーはもう姿の見えなくなったオレンヌを見つめながら呟いた。 『オレ、アルタリスに入りたい』 ユーリが戻ってきたその日、ユーリは確かにそう言った。シノとクレインにとっては願ってもない話だ。シノたちはユーリのことを仲間だと認識していたが、誘拐されて来た立場上、ユーリがみんなと距離を置いていたのはなんとなくわかっていた。そのユーリが自ら仲間になることを望んだ。嬉しい限りだ。 だが、ギルダーは首を横に振った。 『駄目だ』 『どうして! あの夜誘ってくれたじゃねーか!』 ユーリが叫ぶ。だがギルダーは頑なに譲らなかった。ギルダーが出した答えはひとつ。 『テメェに海賊は向いてねえよ』 「あいつはあまりにも真っ直ぐすぎたんだ。海賊なんて似合わねええほどにな。あいつは海賊なんてガラじゃなかったんだ。なのに、俺が変えちまった」 自分がユーリを誘拐していなければ、自分と関わっていなければ、ユーリはあの性格のまま真っ直ぐに育っていたことだろう。なのに、ギルダーの命を優先するために人を殺した。人殺しなんてできるような性格ではなかったのに。 ユーリを変えてしまったのは紛れもなく自分だ。 「あいつを攫ってくるべきではなかった」 オレンヌはクルセウス本土から最も近い共有領土だ。クルセウス本土へ直で向かう船がある唯一の共有領土でもある。ギルダーはオレンヌに着いたらユーリを故郷へ帰そうと考えていた。オレンヌへ向かう旅路はユーリを帰す旅路でもあったのだ。 ただ一度だけ、どうしてもユーリの気持ちを確かめておきたくて、あの夜あんな質問をしてしまった。『アルタリスに入らないか』と。 結果、ギルダーが望んだ答えは得られなかった。 「あいつは海賊なんかと、俺なんかと関わらなければよかったんだ」 ユーリをオレンヌに置いてきた。オレンヌの知人にユーリをクルセウスに帰すよう頼んだのだ。あれほど帰りたがっていたのに、一転してアルタリスに入りたいと言ったのは人一人を殺してしまった罪悪感からだろう。家に帰ればきっと気持ちも落ち着く。 そうしてまた、元のユーリへと戻るに違いない。 ギルダーはそう思った。 「本当に、それでよかったのか?」 「……ああ」 ギルダーは一呼吸置いてから頷いた。 「そう……」 シノが大きなため息をつく。 そして、 「こんの、大馬鹿野郎!」 「……!?」 シノの怒声が甲板に響き渡った。滅多に聞くことのないシノの怒鳴り声にギルダーはびくりと肩を震わせた。 「どうしておまえはそうも後ろ向きなんだ! 『俺と関わらなければよかった』? ユーリがそう言っていたのかい!?」 「いや、だが……!」 「ユーリの気持ちは、直接本人に訊いてみなよ!」 シノがびしりと指をさす。 その先にはユーリの姿があった。 「なんで、そいつがここに……!」 確かにオレンヌに置いてきたはずなのに。見間違いでもない、ユーリは紛れもなくそこにいた。理解不能な状況にギルダーの脳が停止する。 それに追い打ちをかけるかのように、ユーリはギルダーに飛び蹴りを思いきりくらわせた。ユーリの足がギルダーの腹に入る。ギルダーは呻き声をあげて倒れた。 「まて、腹はやめろ、傷口が……」 「このクソギルダー! 勝手にオレを置いてってんじゃねーよ!」 ギルダーに馬乗りになり、胸倉を掴みながらユーリは叫んだ。自分の気持ちが伝わるまで、何度も何度も。 「あんたと一緒にいて後悔したことなんかない! オレはこれからもあんたと一緒にいたいんだ! オレの気持ちを勝手に決めつけんな!」 「……!」 ギルダーは大きく目を開いた。 一緒にいたい。 ユーリは確かにそう言った。それは誤魔化しようのないユーリの本心だ。 そして、ギルダーが望んだ言葉でもあった。 「あんたが首を縦に振らなくても、オレはこの船に居座るからなっ!」 ユーリの言葉にシノはぷっと吹き出した。 「だってさ。どうする、ギルダー?」 「だが、ボーダマンの追手はどうするつもりだ」 「あ、それなら大丈夫。ユーリん、死んだことになってるから」 「……は?」 そう言ったのはクレインだった。クレインの言葉にギルダーは思わず目を丸くした。クレインはしたり顔を浮かべ、おまけにブイサインまで突き出していた。 「あのアーツ使いの死体を処理した時にちょちょっと工作を、ね。今頃ボーダマンの奴らはユーリんが死んだとでも思ってることだろうよ」 「そ。だからオレ、今更家に帰れって言われても帰れないんだけど」 ギルダーは呆然とした。 シノもクレインも、みんなはじめからユーリをアルタリスに入れる気だったのだ。今更反対する者などいない。双方ともが互いを仲間と認めたのだ。 断る理由など、どこにもなかった。 ギルダーは思わず笑い声をあげた。ぐだぐだとつまらないことを考えていた自分がなんだか馬鹿らしく思えた。 「アルタリスは海にたゆたう《幽霊星》だ。生きてる奴はいねえ。乗ってるのは死人ばかりだ」 ギルダーはにっと笑い、ユーリに向かって手を差し出した。 「歓迎しよう、幽霊野郎」
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