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 昨晩のことを一通り話すと、食堂中にどっと笑いが起きた。クレインなど腹を抱えて、腹がよじれるのではないかと思うほど大笑いしていた。
「なんだかんだ言いながらギルの奴、一晩中付き合ったのかよ。ご苦労なこって」
「それでギルダーがのびてたんだね」
 シノは思わず苦笑いを浮かべていた。シノはギルダーがここ数日徹夜をしていたことを知っていた。今日こそは寝ているだろうと思って朝方に部屋を覗いてみればあのざまだ。すごい体勢で眠っていたので思わず吹き出したほどだ。
 竜の子がユーリに向かってぴーぴーと鳴き声をあげる。
「クロ、どうしたんだ?」
「あ、名前つけたんだ」
「うん、クロトビチョウの子だからクロ」
「安直じゃね?」
「いいじゃんか。わかりやすくて」
 ユーリはクロの頭を撫でた。クロは気持ちよさそうにユーリの手にすりすりと頭を押しつけていた。クレインに頭を撫でられた時は噛みつきそうになったというのに、反応が違いがすぎる。
「ユーリんにはよくなついてるよなぁ」
「おそらく刷り込み効果だね」
「刷り込み?」
「鳥なんかによく見られる学習なんだけどね。生まれて初めて見たものを親だと思っちゃうんだよ」
「つまり、オレを親と思っているってこと?」
「そういうことだね」
「困ったな。クロにはいずれ親元に帰ってもらわなきゃいけないのに」
 もちろん懐かれるのはユーリとしても悪い気がしない。だがクロを育てるのは可愛いからだけではない。いつか親の元へと帰してあげるのが第一の目的だ。
「いいか。オレはおまえの親じゃない。いつかおまえはあの母さんのもとへと帰るんだ」
 クロに説得してみるが、生まれたばかりの、ましてや竜の子であるクロに人間の言葉が理解できるわけがない。クロは「きゅう?」と鳴き声をあげて首を傾げるばかりだった。この調子ではいつになったら親のことが理解できるのやら。ユーリはため息をついた。
「ただでさえ相手はドラゴンなんだ。そう簡単にはいかないさ」
「わかってるけどさ……早く帰してあげたいんだ」
 ユーリはぽつりと呟いた。誰に言うとでもなく。だがその呟きを、シノたちは聞き逃さなかった。
「オレとクロ。どっちが先に帰れるのかな」


 食堂から出ていこうとしたシノは、入口に見慣れた影があることに気がついた。ギルダーだ。
「あれ、起きてたんだ。入ってくればよかったのに」
「いや、いい」
 ギルダーは左手でずっと首筋を押さえていた。変な寝方をしたせいか、筋を痛めているらしい。その姿にシノは思わずぷっと笑いをもらしそうになった。だがギルダーがいつになく真剣な顔をしていたものだから、笑うに笑えなかった。
 何故ギルダーが真剣な表情を浮かべているのか。シノは察した。
「話、聞いてたんだ」
「…………」
 ギルダーは答えなかった。だがシノにはわかっていた。あの時ユーリが呟いた言葉はギルダーにも聞こえたのだと。だから何も言わないのだと。
「親に大切に思われたい、か」
 ギルダーがぽつりと呟いた声は食堂から聞こえてきた喧騒にかき消された。






[2014年 1月 19日] 初稿

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