う〜ん……
どうしたんだい、ユーリ? 考えこんじゃって。
いやさ。オレ、まったく戦えないじゃんか。 いざという時困るなーって思って、勉強してみてるんだけど海賊ってどんなふうに戦ってるのかちっともわかんなくて……
海賊たちは陸地の戦士たちと比べると独特な戦い方をしているからね。ちょっと勉強してみよっか。
唐突だけど、ユーリの中で海賊ってどんなイメージだい?
え? 海賊のイメージ? うーんと……ひげもじゃで、ごつい顔してて、体が大きくて、口が悪くて乱暴者ってイメージかなぁ?
うん、大体そんな感じかな。 昔話とかに出てくる海賊ってみんな怖いイメージがあるよね。
実はそのイメージってのがとっても大切で、海賊にとっては重要な武器となるんだ。
え? これが武器?
もし今言ったような人物が突然船に乗り込んできたらどうだい。しかもそいつは武器を持って脅している。想像してごらん。
……めちゃくちゃ怖いかも。
考えただけで身がすくんじゃうよね。 こんな風に、相手を萎縮させるっていうのは海賊にとって重要な武器のひとつだったんだ。昔、『黒ひげティーチ(エドワード・ティーチ)』という有名な海賊がいてね。彼は悪魔のような風貌をしていて大層恐ろしかったらしい。長い黒ひげを三つ編み状に編んで、火のついた火縄を顔の両端に垂らしていたとか。
うわぁ…… そんな奴と会ったらオレ、びびっちゃうかも。
……あれ? でもギルダーって見た目あんまり怖くないよな? あれっていいのか?
……それは本人の目の前で言っちゃダメだよ。 ああ見えても、そのことをかなり気にしてるから。
……おい、丸聞こえなんだが。
うわっ! ギルダー! いたのかよっ!
いちゃあ悪いのか? 誰がチビの女顔だって? ああん?
……おまえ、被害妄想もいいところだよ。ほんと。
俺だって好きでこの風貌になったわけじゃねえ。 昔、威厳を出すためにヒゲを生やしてみたこともあったさ。 そしたらな……
そしたら?
他の奴らから大ブーイングをくらった。 特にディックの奴がな。
…………
(ディックは美人が好きだからなぁ)
しかし、何でまたヒゲだの何だのそんな話をしてるんだよ?
実は、かくかくしかじかうまうまで。 ユーリに海賊の戦い方を教えているんだ。
まあ確かに、海賊にとっちゃあ容姿は相手を脅す材料だがな。 だけどそれだけで戦ってるわけじゃねえぞ。
顔が武器にならな……げふんげふん。 そんなギルダーはどうやって戦ってるんだ?
そりゃあもちろん、頭を使うんだよ。
海賊の戦いにおいてもっとも大事なのは、『いかにして素早く積荷を奪うか』だ。とろとろしてたら援軍や海軍がやってくるかもしれねえからな。相手の不意を突いて士気を落とし、相手に恐怖を与えて混乱に陥れ、その隙に積荷を奪って逃げる。いろんな戦法を駆使して、俺らは効率よく掠奪をしてるってわけよ。
具体的には、どんなふうに戦ってるんだ?
仕方がねえ。いくつか海賊戦法を教えてやる。 耳の穴かっぽじってよく聴いとけよ。
追跡・追尾 ひたすら敵の船を追い回して敵をびびらせる。
威嚇行動 大声を上げたり、楽器で不協和音を鳴らしたりして相手の恐怖や不安を掻き立てる。 大きな海賊団だとそのために楽士が乗り込んでいるところもあったとか。 その他恐ろしい風体をするなど。
残虐な行為 処刑や拷問など、残虐な行為を見せつけて相手の反抗する気力をなくす。
待ち伏せ・夜襲 岩陰を利用して敵を待ち構えたり、宵闇を利用して敵船にこっそり近づく。 敵船に近づく際には小船を使い、オールを布で巻いて極力音を立てないようにした。
偽の標識を立てる 偽物の標識を立て、相手を自分のいるところや仕掛けた罠までおびき寄せる。
船の速力を落とす 船の速度を落とし、相手の警戒心を削ぐ。 空樽をロープでしばって曳航し、敵が近づいたらロープを切り落として一気に近づく。
偽装 敵を欺くために船及び船員に何らかの偽装を施す。一部例を挙げるならば ・国旗を掲げたり偽の衣装を着たりして、味方の船だと思わせる。 ・わざとふらふら走って要救助の船だと思わせる。 ・身を隠し、少ない人数だと思わせて油断させる。
海賊旗の掲揚 海賊旗を掲げて相手に降伏を促す。恐怖心を植え付ける。
うわぁ。結構いろんなやり方があるんだな。
もちろんこれだけじゃねえけどな。 相手の船や状況を見て臨機応変に対応する。 海賊ってのは頭を使わなきゃやっていけねえってわけだ。
陸地での戦いと違って、海は見通しがいいから近づくまでに一苦労なんだ。だから海賊たちはあれこれと手を使って獲物へと近づく。海賊たちって意外と知恵者たちの集まりなんだよね。
相手の船に乗っちまえばこっちのもんだ。 白兵戦となりゃ陸での戦いとそう変わらねえ。 ま、波でちとふらつくのと狭い船内であることが陸と異なるけどな。
そういえばみんな思い思いの武器を使っているけど、 武器はどんなものを使っていたんだ?
一番多いのは刃物類だな。『舶刀』とも呼ばれるカトラスは船内の狭い場所でも小回りが利くから海賊たちは好んで使っていた。縄を切るのにも使えるしな。艤装を壊す時はを使って容赦なくぶち壊す。短剣やナイフは日常生活でも使えるから身につけていることが多い。
クレインは銃を使っているみたいだけどあれは?
ああ、あいつが使っているのはラッパ銃だな。 銃にもピストル・マスケット銃・ラッパ銃と様々な種類を使っていた。ラッパ銃は銃口が広く、弾薬が詰めやすいという特徴があるが、近距離でしか使えねえのが難点だ。まあ、狭い船の上ではそれで十分なんだがな。
あと、船には大砲もちゃんと装備してあるが…… 火薬がクソ高ぇからあんまり使わん。
えっ! そうなのか? なんか海賊って大砲をばんばん撃ってるイメージなんだけど。
海軍や商船はともかく、海賊船はあまり大砲を使わないよ。ギルダーが言ったとおり火薬が高かったというのもひとつの理由だけど、もうひとつ大きな理由があるんだ。考えてごらん。今から襲う獲物に向かって大砲を撃ったらどうなる?
大砲を撃ったら船が沈む……あっ、そうか! 今から襲う獲物を沈めちゃったらお宝まで海の底だ。
そういうこと。
大砲を使うのは追撃を振り払う時ぐらいだ。あとは礼式の時だな。海賊にとっちゃあ船もお宝なんだよ。自分の船がボロくなれば相手の船を奪って自分の船にするんだ。
他にも変わった武器があるよ。 スクレイパーとか。
すくれいぱー? 何それ?
船底にこびりついたフジツボを落とす道具だ。
ふ、フジツボ……
本だって使い方によっては凶器にもなる。 いつだって武器が手元にあるとは限らないからね。武器が手に入らない時は使えそうな物を利用していた。使える物は何でも使わなきゃ。
使える物は何でも使え。 ただし、船上で絶対に使ってはいけねえものがある。
絶対に使っちゃいけないもの?
火に携わるもの、だ。 火打ち石にタバコ、松明とかな。船上において、所定の場所以外で火を使うのは厳禁だ。船体や帆に燃え移ったら洒落にならねえ。
そ、それって、つまり……
テメェのアーツは『火』だよな? いいか、料理以外で絶対に使うんじゃねえぞ。
ユーリのアーツって戦闘向けだけど、船上での戦闘には向かないよね。
そんなぁ…… いざとなったらアーツで戦おうと思ったのに。
スクレイパーで戦えるように、アーツだって使い方次第だよ。船が燃えないように、上手く使いこなせるようになればいいんだ。
それまではギルダーに守ってもらえばいいんだよ。
……はい?
……いや、俺、戦わねえし。 第一、何でガキ守んなきゃいけねえんだよ。
ギルダー。 僕が何年おまえと付き合っていると思ってるんだい?
…………
(何、この無言。怖い)




《今回のまとめ》
@海賊は見た目にも気を使う。 A船を襲う時に様々な戦法を駆使する。 B海賊の武器は様々。大砲はあまり使わない。 C船上では火気厳禁。

【参考文献】
『海賊列伝』(『イギリス海賊史』の改題) チャールズ・ジョンソン 中公文庫
『海賊』 森村宗冬 新紀元社
『図説世界の海賊がよくわかる本』 世界博学倶楽部 PHP研究社
『海賊の経済学』 ピーター・T・リーソン NTT出版

[2014年 1月 26日]

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