1
ユーリは男たちに従って船内を歩いていた。ユーリ一人が暴れたところでどうにもならないことは目に見えていたからだ。今はおとなしく従うしかなかった。
ユーリは懐に隠してある短剣をぎゅっと握りしめた。ジーク・ライデイン号の時のように仲間たちとはぐれてしまった場合でも一人で対処できるようにと護身用にもらった物だ。ギルダーのお下がりだった。
(ギルダー、大丈夫だろうか?)
エンリケの電撃で倒れてしまったギルダー。ぐったりとはしていたが胸がかすかに上下していることが確認できたので、生きているのは確かだ。クルセウスにおける賞金首の引き渡しは生死を問わずでない限り、生きていることが条件となる。商人のエンリケが褒賞金を棒に振るようなことは考えられなかった。命の心配はないだろう。
だが、このままだと自分は奴隷として、ギルダーは賞金首として売られてしまう。なんとしてでも逃げ出さなければ。
脱出する手立てが見つかるまで短剣は隠しておくことにした。ユーリのアーツも武器になると知られれば厄介なのでしばらくは使わないことにした。
ユーリを含む子どもたちは広い船室へと集められた。
「おまえはこっち。おまえはこっちだ」
何やら奴隷商たちは子どもたちを二つのグループに振り分けていた。ようやく様子がおかしいことに気がついたのか、泣き出す子たちもいた。
「おまえはこっちだ」
ギドに腕を引っ張られ、ユーリは右側のグループへと入れられた。まだ幼い子もいればユーリぐらいの歳の子もいる。男の子も女の子もいた。一体どういう基準でグループ分けをしているのだろうか。
グループ分けが終わると、ユーリたちのグループは移動することになった。
「今からどこに行くんだ?」
「…………」
ユーリは先頭を歩くギドに尋ねてみた。だが返事はない。相手にするのが煩わしいと思われていることはユーリも承知の上だった。
それでもユーリはめげずに何度も尋ねた。
「何でオレたちを別々のグループに分けたんだよ?」
「……ちっ。いちいちうるせぇガキだな」
ようやくギドは振り返ると、ユーリを見下しながら言った。滑稽なピエロのメイクの下で狡猾そうな瞳がぎらぎらと光っていた。
「そんなに知りたけりゃ教えてやるよ。こっちのグループはなぁ、見目がいい奴ばっか集めたんだよ。てめぇはどこにでもいそうなクソガキだが、その髪が珍しいからこっちのグループに入れたってわけだ」
言われてみれば、周りにいる子たちは皆可愛らしい風貌や綺麗な顔立ちをしていた。
「何のために?」
「ボスが言ってたろ。てめぇの髪は珍しいから高く売れるって。貴族の連中はみんな珍しいものや綺麗なものが大好きなんだよ。綺麗なもので身を固め、珍しいものを手に入れて優越感に浸り、そして壊して楽しむキチガイ野郎ばっかりだ。せいぜい変態親父に買われないことを祈っておくんだな。てめぇのその生意気そうなツラがどうなるのかが見ものだな」
ギドがけたけたと笑う。ユーリを嘲笑っているのだ。今は強がっているユーリもそのうち恐怖に戦くと。
――怖くない、怖くなんかない。
震えそうになる自分を心の中で叱咤する。ギルダーが捕まってしまった以上、動けるのは自分だけだ。ギルダーを助け出してここから脱出するまで弱音を吐いてはいけない。ユーリは自分に何度もそう聞かせ、隠し持った短剣をお守り代わりにぎゅっと握りしめた。
部屋を移動したのは健康診断をするためだった。病気を持っていないか、健康体であるか、売る前にチェックしておくのだ。
ユーリの番になった。診察室に入ると白衣を着た壮年の男がいた。彼がこの船の船医なのだろう。
男はユーリを見るなり大きく目を開いた。
「君は……!」
「?」
「ひょっとして、君がユーリくんかい?」
「どうしてオレの名前を?」
「やっぱりそうだったのか。なんてことだ」
男は憂いの表情を浮かべていた。ユーリは彼にどことなく見覚えがあった。男に会うのは初めてのはずだ。だけどどこかで見たことがあるような……。
「あっ!」
自分を見つめる人懐っこそうな栗色の瞳。ユーリは既視感の正体に気がついた。
「ひょっとして……ティオの父さん?」
男はこくりと頷いた。
そう、彼こそがティオが探し求めていた父親だったのだ。