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 小高い丘の上から、少年は海を眺めていた。
 ずっと待っているのだ。あの船がこの島にやってくるまで、ずっと。
 そして、長らく待ち望んでいた日がようやくやって来た。
 大型のガレオン船だ。間違いない。
「……帰ってきた!」
 なけなしの小遣いで買った双眼鏡をしまい、少年は大慌てで港へと向かった。
 帰ってきたんだ。再び出航する前にあのことを伝えなければ。この機会を逃してしまえばもう二度と伝えられなくなるから。焦る気持ちを必死に抑えながら、少年は港へと走る。
 だが、港にお目当てのガレオン船の姿はなかった。
 港にいたのはたった一隻、小型のスループ船だけだった。

× × ×
 島での物資の補給を終えたアルタリス号は港を離れて沖へと向かう。今回の成果はまずまずだった。あとはアジトへと戻るだけだ。一日もあれば着くだろう。  船長の仕事のひとつに船内の巡回がある。船員たちの仕事が滞りなく進んでいるか、船内に異常がないかなどをチェックするためである。いつもどおりの見回りをおこなっていたギルダーはふとあることに気がついた。 「おい、ここにあった樽はどうした?」  出港時と比べて樽がひとつ減っているのだ。大したことではないが、あったはずの物がなくなっているのは少し気になった。 「ああ、それならユーリが厨房に持っていきましたぜ。昼飯に使うんだって」 「あいつ一人ででか?」 「へい」 「そんなはずはねえだろ。あの樽にはリンゴがぎっしり詰まっていたんだぞ。ガキ一人で運ぶにしては重すぎる」 「いいや、ユーリの奴、軽々と持ってやしたぜ。オイラが手伝おうかっつっても一人で持てるって言ってさぁ」  その言葉にギルダーはひとつの疑惑が思い浮かんだ。 「……まさか、ネズミか?」 「うーん……」  厨房にて。昼食の支度をしていたユーリは思わず唸り声をあげた。先ほど寄った島で仕入れた食材にリンゴがあったので、今日は焼きリンゴを作るつもりだった。が、人数分にわずかに足りないのだ。一人一個作ろうと思ったのだが、リンゴは十六個しかなかった。乗員は十七名。一個足りていない。 「さては仕入れ代をケチったな。だから粗悪な物まで入れられてるんだよ」  中には齧られた跡のあるリンゴもあった。ネズミにでも齧られたのだろうか。 「うーん。ギルダーの奴、今日はちゃんと飯食うかな。食わないんだったらギルダーの分を抜くんだけどなぁ、でもあいつ、デザートだけはきっちり食うんだよなぁ……」  ぶつくさと呟きながらどうしようかと厨房をうろついていた、その時だった。  ガタン!  突如聞こえてきた物音にユーリはびくりと体を震わせた。今、厨房にいるのはユーリ一人だけのはずだ。物音がするわけがない。船の揺れで何かが落ちたのだろうか。  ユーリは物音がした場所をそっと覗いた。  目が、合った。 「うわぁ!?」 「ぎゃあ!」  樽と樽の間に収まるようにして少年がうずくまっていたのだ。ユーリよりも少し幼い少年だった。アルタリスにいる子どもはユーリだけだ。  つまり、密航者だった。 「あっ! 待てこら!」  ユーリが驚いている隙をついて少年は逃げ出した。まるでネズミのようにすばしっこい。だがどうやら船には慣れていないらしく、船が大きく揺れた拍子にバランスを崩して机にぶつかった。机に置いてあった食材が床へとぶちまけられる。 「ああ! せっかく作ったシナモンパウダーが!」  高価なシナモンを台無しにされたことでユーリは悲鳴をあげた。ボーダマン家にいた頃は食材の値段など気にもしていなかったのに、やたらと所帯じみてきた十四歳である。  騒ぎを聞きつけた船員たちが厨房に集まってきた。 「どうしたんだい?」 「シナモンが……じゃなかった。密航者だよ!」 「ちっ。やっぱりネズミが混じっていたか」  最後にやってきたギルダーがちょろちょろと逃げ回る少年の首根っこを掴んだ。 「おいこら。ガキがいっちょまえに密航なんかしやがって」 「離せよ! ちっちゃいおっさん!」 「ちっちゃおっさん……!?」 「うわぁ。子どもって残酷なことを躊躇いもなく口にするよね」  『チビ』も『おっさん』もギルダーにとっては最高の暴言だ。ギルダーは柳眉を吊り上げて怒った。 「ぜってぇ海に放り込んでやる……!」 「待て待て落ち着け! 密航したからには何か理由があるんだろ? 話ぐらい聞いてやれよ!」  ユーリが少年を庇う。歳が近いから同情心でも沸いたのだろうか。ギルダーは大きなため息をついた。 「またテメェはそうやって……」  だが、ギルダーもユーリが言い出したら聞かないことぐらいはこの数ヶ月の付き合いでわかっていた。もう何も言うまい。  ギルダーは少年を乱暴に手放すと、傍にあった椅子に腰をかけた。 「おら、とっとと話せ。嘘吐いたりつまんねえこと抜かしやがったりしたら即刻サメの餌にしてやるからな」 「なんだよおまえ。さっきから偉そうに」 「船長なんだから実際に偉いんだよ、俺ぁ」  口を尖らせる少年を、ギルダーはふんぞり返って見下ろしていた。二人のやりとりを傍から見ていたシノがぷっと吹き出した。 「……なんだか以前のユーリを見ているみたいだね。そっくりだよ」 「えっ。オレ、あんなに生意気じゃねーし」  シノの言葉をユーリは必死に否定した。

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