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 料理人の朝は早い。
 海賊アルタリスが本拠地としている島には食料庫がある。洞窟を利用したいわば天然の冷蔵庫だ。そこから食材を取り出し食事の支度をするのがユーリの日課だった。
 二週間ほど前にアルタリスに加入したカティアにも食事の支度を手伝ってもらってはいるが、食材を運ぶのは力のいる仕事だ。細腕の彼女に任せるのは男が廃るような気がした。
 ユーリは桶を片手に食料庫へと向かう。その途中で水の入ったバケツをよたよたと運んでいる年配の女性の姿を見つけ、ユーリは慌てて駆け寄った。
「おばさん、オレが持つよ」
「あら、ユーリくん。いいわよ、これが私のお仕事だから」
「ダメだよ、サシャおばさん。腰を悪くしてるんだろ? これ以上悪化したらマズいじゃん」
 半ばひったくるようにしてユーリはサシャからバケツを受け取った。バケツには水がたっぷり入っていて重かったが、これぐらいならばどうということもなかった。最近力がついてきた証拠だ。
 サシャはアルタリスの中で比較的高齢な女性だ。船員たちの身の回りの世話を仕事としている。ユーリがここに来る以前は彼女が食事も全てまかなっていた。
「ここでいいわ。ありがとうね」
 サシャはにこりと微笑んだ。優しい笑みだ。まるで母親みたいな人だとユーリは思った。
「また手伝うことがあったら言ってね。いつでも手伝うからさ」
「ユーリくんは親切ね。ほんと、若い頃のシュヴァルツ様にそっくりだわ」
 ユーリはサシャに手を振り、別れを告げた。
 食料庫へと向かう最中、サシャの言葉を思い出しユーリは「うん?」と首を傾げた。
 ――シュヴァルツって、誰だろう?
 三十人近くいるアルタリスの仲間たちの顔と名前を思い出す。が、『シュヴァルツ』という名前の船員はいない。
 シュヴァルツとは一体誰のことなのだろうか?






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