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 カルスト家は伯爵の爵位を持つ由緒正しき貴族の家柄だ。古くからリーレイア王家に仕えている騎士の家系であり、今でもカルスト家の男児は軍人の道を進むことで王家に忠誠を誓っていた。エドワードもオスカーも家の習わしに従ったにすぎない。だが自分たちの主であるシャナイア王女に対する忠誠は本物だ。
 カルスト家の屋敷は伯爵の名に恥じないほど立派なものであった。ユーリのボーダマンとしての実家も大きなお屋敷だったが、あれはトマ・ボーダマンが一代で財を築きあげたものだ。カルスト家の屋敷のほうが歴史的な趣を感じることができた。
 案内された応接間で、ユーリはそわそわと何だか落ち着かなかった。これから親戚に会うからだろうか。ボーダマン家に居た頃は親戚と顔を合わせるということがなかった。ボーダマン自身が親戚との縁を全て切っていたからだと聞いたが、今思えば血の繋がりのないユーリを親族に見せるのが嫌なだけだったのかもしれない。親戚に会うというのはユーリにとって特別なことだった。心が躍る。
 だが、隣にいるギルダーにとって親戚に会うというのは別の意味で特別なことなのだろう。ユーリ以上に落ち着きがない。さっきから貧乏揺すりまでしていて、いらいらしているのは目に見えて明らかだった。
(たかが義理の伯父に会うだけなのに、何でそんなに嫌なんだろうか?)
 しばらくして、エドワードたちが応接間に戻ってきた。エドワードの後ろから、オスカーに支えられながら壮年の男が入ってくる。
 彼こそが双子の父親、そしてギルダーの義理の叔父にあたるルドルフ・カルストだった。足が悪いのだろうか、杖を突きながら部屋へと入ってくる。顔立ちは兄弟とよく似ていた。温和そうに見えるが、どこか厳格さも持ち合わせている。エドワードとオスカーを混ぜたらちょうどこんな感じかもしれないとユーリは思った。
「久しぶりだな、ギルダー君。あ、いやいい。かけたままで」
 立ち上がろうとしたギルダーを制し、ルドルフは椅子に腰をかけた。ルドルフの視線がユーリへと向く。ユーリの体が緊張で強張った。
「君がユーリ君か」
「は、はいっ」
「そう緊張しなくともいい。話は息子たちから聞いている。なるほど、シュヴァルツの若い頃にそっくりだ。どうりでギルダー君が会わせたくなかったわけだ」
(あ、そうか。もしかして)
 以前、ユーリは祖父シュヴァルツと似ていると言われたことがある。ルドルフとシュヴァルツは義理の兄弟。当然若かりし頃のシュヴァルツのことも知っているはずだ。シュヴァルツの面影を持つユーリを見れば、ユーリがギルダーの息子であると想像することは容易だろう。
 それでギルダーは帰ることを拒み続けたのではないだろうか。
「君からしてみれば私は義理の大伯父、いわば親戚だ。いつでも来なさい。歓迎するよ」
「はい!」
 ユーリの顔がぱっと綻ぶ。初めてできた親戚、それも優しげな大伯父だ。あくまでも義理だが、それでもユーリにとっては嬉しかった。
「さて、ギルダー君」
 ルドルフは改めてギルダーに向き直った。ギルダーの体がぎくりと強張る。
 ルドルフはにこやかに問いかけた。
「こうして会うのはいつぶりだったかな?」
「二年ぶり……です」
(あのギルダーが敬語だっ!)
 いつも横暴な口振りのギルダーが妙に殊勝なのでユーリは思わず吹き出しそうになった。エドワードたちも必死に笑いをこらえている。
「ふむ、確かに二年前に海事省で会った。だけどそれは仕事でだ。はて、こうやって膝を突き合わせて話をするのはいつぶりだろうか」
「……八年ぶり、です」
 これにはユーリも呆れざるをえなかった。
「それってつまり、アルタリスの船長になってから一度も会ってなかったってことじゃん!」
「仕方ねえだろっ! その、なかなかここに、来れなかったんだから」
「来る機会はいつでもあっただろ。全然仕方がなくなんかないじゃんか。あっきれた。単純に帰りたくなかったたけだろ」
「もっと言ってやってくれないかな」
 ルドルフが朗らかに笑う。オスカーの底意地の悪さはここから来ているのか。
 ユーリはさっき自分が考えたことを撤回したくなった。自分が祖父と似ているのは間違いなく無関係だ。単純にギルダーがルドルフと顔を合わせたくなかっただけに違いない。
「ユーリ君に言ったことは君とて同じだ。血の繋がりがないとはいえ、私と君は伯父と甥。気兼ねする必要がどこにある?」
「いや、しかし、伯父さんにこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「援助のことを言っているのかね? だったら何の問題もない。あれは私の意思だ」
「援助? 何の話?」
「私掠船が国や貴族の支援のもとで成り立っているのは知っているな? アルタリスが支援を受けているのは王家と我がカルスト家だけだ。初代の頃からそうしているらしい」
 エドワードの話に、ユーリは以前シノから教えてもらったことを思い出した。私掠船は支援のもとで活動し、その見返りに掠奪したものを支援者たちに還元する。ギルダーたちが海賊として活動できる裏側にはルドルフの援助があった。
「アルタリスを支援するのは父の代からの取り決めでもあるが、私自身も望んでやっていることだ。義弟の息子の面倒をみることのどこが迷惑だというのかね」
 ルドルフはきっぱりと言い放った。
「私は嬉しかったんだよ。シュヴァルツの息子である君が生きていたことが。二十年前にアルタリスが沈んだ時に君と母親も乗っていたと聞いて、君たちは亡くなったのだと思っていた。だから八年前に君と再会した時は、本当に嬉しかった」
 そう語るルドルフは本当に嬉しそうだった。ルドルフのまなじりには皺ができている。
 二十年前に海賊に襲われ亡くなった祖父シュヴァルツ。その義理の兄であるルドルフ。二十年以上も前の話だ。十四歳のユーリにはあまりにも遠すぎる過去。
 話を聞くならこの人しかいないと思った。
「オレ、祖父の話が聞きたいです。あと、八年前のことも!」
 ユーリの隣でギルダーが舌打ちをする。過去のことを知られるのを極端に嫌っているギルダーのことだ。当然の反応だと思った。ユーリがいくら訊いたところでギルダーは話してくれない。それにギルダーはシュヴァルツのことをあまり覚えていないと言う。過去のことを知っているのはルドルフしかいないのだ。
 一度知ったからには最後まで知りたい。知らないままでいたくないのだ。
「そうだな、思い出話に浸るのも悪くない。少し長くなるがいいかね?」
 ユーリはこくりと頷いた。
「エドワード、オスカー。二人は席を外しなさい。ギルダー君はもちろん聞くのだろう?」
「まあ、親父のことは知っておきたいですから」
 少し意外だった。ユーリが驚いた顔をしたことが心外だったのか、ギルダーは眉をひそめた。
「何も親父の話が聞きたくないわけじゃねえぞ。俺だって親父のことは多く知らないから、知れるなら知っておきたい。……もう目を背けるのはやめにしたいんだ」
 その対象はきっとユーリのことだ。ギルダーはユーリを十四年の間ずっと放置していたことを悔やんでいる。
 ルドルフはふっと笑みを浮かべた。
「本当に君たちはよく似ているよ。君たち親子も、シュヴァルツも。私とシュヴァルツが出会ったのはもう遠い昔のことだ――






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