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 クレインがドランクのもとで海賊を始めてから三年が経った。
 暴力と欲望にまみれた日々。クレインにとっては充実した日々だった。その日常が激変したのは冬の寒い日だった。
 その日は島に停泊し、酒場を借りきって宴会をしていた。獲物が手に入った時はいつもこうだ。ドランク海賊団の連中は酒をかっくらい馬鹿騒ぎするのが大好きだった。
 ただし、今回の宴会には別の海賊たちも同席していた。

 その日のドランクはすこぶる上機嫌だった。
 手に入れた獲物が大きかったといのもある。だが、大半はドランクと同席していた人物が理由だろう。大口を開けて笑うドランクの隣では青いバンダナを巻いた二十代ぐらいの若い男が座っていた。ドランクの仲間ではない。クレインにとっては初めて見る顔であった。
「誰あれ?」
 クレインの問いかけに隣でエールのジョッキを傾けていたロッツが「んー」と生返事を返す。ロッツはクレインと同じくドランクに拾われて今の海賊に身を寄せている男だ。歳が近く馬が合うので、酒の席ではよくこうやって一緒に飲んでいた。
「あぁ、あれか。アルタリスの船長だよ。幽霊海賊って知らねーの、おまえ?」
「あー、なんか聞いたことあるようなないような」
 自分の記憶が確かであればそれはおとぎ話か何かだったはずだ。もっとも、寝る前に親からおとぎ話を語ってもらえるような幸せな家庭で育ってはいないので、どんな話なのか内容などは全く知らないが。
 今日襲った獲物は三隻から成る商船団だった。二隻までは自力で仕留めた。だが、ドランクが相手だと知り勝ち目はないと踏んだ残りの一隻が早々と逃げ出したのだ。獲物に逃げられれば報酬が減るどころか応援を呼ばれる危険性がある。だが、商船は逃げ切れなかった。別の海賊がやってきたからだ。逃げる商船を仕留めたのが横から割って入ってきたアルタリスだった。
 一見すれば許しがたい横取り行為。だがドランクはこれを許した。ドランク曰く「あれの船長は俺様への義理も立てずに横からかっぱらっていくような男じゃあない」と。
 事実、アルタリスは戦闘の後、馬鹿正直にものこのことドランクのもとへとやってきた。そしてこともあろうか、このバーミア海で最も恐れられている海賊ドランク相手に交渉を持ちかけたのだ。
 あの商船を仕留めたのは俺たちだから当然積荷は俺たちのものだ、と。
 ぬけぬけと言ってみせたアルタリスの船長に、ドランクの手下たちは肝が冷える思いだった。これはドランクの怒りを買っても仕方がないと。だが、結果は正反対だった。ドランクは大口を開けて笑った。
「ひよっこ坊主が、言うようになったじゃあねぇか」
 そうしてドランクはアルタリス側の言い分を正当な取り分として認めた。そのうえ宴会への同席を許したのだ。それだけドランクがあの男を気に入っている証拠だった。
「船長っていうからもっとオッサンだと思ってた。俺と歳変わんなさそー」
 クレインはテーブルに肩肘をつきながらぼんやりとその男を眺めていた。大柄でがたいのいいドランクに比べ、アルタリスの船長はずっと小柄に見えた。周りの海賊たちと比べてみてもその差は歴然としている。そのうえ顔立ちが整っているので、はっきりと言って浮いて見えた。まるでカラスの群れの中にカナリアが一羽迷い込んだかのようだ。
 とてもではないが、ドランクに対して大口を叩くようには見えない。
「なんつーか、海賊には見えねぇよなぁ」
「そうだな、あれは海賊というよりゃ男娼だ。腰振ってオヤジのご機嫌取りでもしたってか」
 下卑た侮蔑。だがクレインもロッツの意見に肯定的だった。あの容姿では舐められても仕方がないだろう。海賊は実力社会だ。舐められるほうが悪い。
 アルタリスの船長の観察に飽きたクレインは飲むことに集中するため視線を戻そうとした時だった。
(あれ?)
 ドランクが男の頭をバンダナ越しに乱暴に撫でた。
 その時見えたのだ。バンダナからはみ出た髪が。
 それはほんの一瞬のことだった。隣に座っていた仲間――白衣の男に指摘されすぐにバンダナを締め直したのでたった数秒の出来事にすぎない。だが、クレインの目はしっかりと捉えていた。
 男の髪の色を。
(今、見間違いじゃなけりゃ、銀色だったような……)
 夜空に昇る月のように美しい銀髪だった。家を飛び出してから長年バーミア諸島を渡り歩き、様々な人種に会ってきたクレインだが、今までに銀の髪の人間を見たことはない。もしかしたら彼ひとりしかいないのではないのだろうか。そう思いたくなるほど銀髪の人間は珍しいのだ。
 だからといってどうもしないのだが。ただ珍しい容姿の人間に出会っただけ。クレインの意識はアルコールへと戻った。
 彼の髪を見た男がもう一人。
 その男は“ただ珍しい”では済まなかった。
 男の唇が獲物を見つけた歓喜に弧を描いた。






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